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デジタル責任者を見れば、その会社の5年後がわかる【ゲスト:入山章栄さん】(後編)
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デジタル責任者を見れば、その会社の5年後がわかる【ゲスト:入山章栄さん】(後編)

*本記事はダイヤモンド・オンラインからの許諾を得て転載しております。

多くの企業にAIソリューションを提供する「シナモンAI」の共同創業者として、日本のDXを推進する堀田創さんと、数々のベストセラーで日本のIT業界を牽引する尾原和啓さんがタッグを組んだ『ダブルハーベスト──勝ち続ける仕組みをつくるAI時代の戦略デザイン』が、発売直後にAmazonビジネス書第1位を獲得し、さまざまな業界のトップランナーたちからも大絶賛を集めている。
今回のトークは、『ダブルハーベスト』に「まさにすべての経営者に読んでほしい、AI×ビジネスを体系化しきった実践本だ!」と熱いコメントを寄せる早稲田大学ビジネススクールの入山章栄教授をゲストにお招きする。
日本でAIの利用が進まないのはなぜか?「ハーベストループ」を回す前提となるパーパスをどのように設定すればいいのか? DXを推進するときの障害と、それを乗り越える具体的な方策について、著者の堀田さんとシナモンAI代表の平野未来さんが聞いた(最終回/全3回 構成:田中幸宏)。

中編はこちらパーパスやビジョンを「絵に描いた餅」にしない方法【ゲスト:入山章栄さん】(中編)

AIを入れるだけでは何も変わらない

入山章栄(以下、入山) 大企業でDXを進めるとき、大きな課題だと思っているのは経路依存性(Path Dependence)です。デジタルで会社全体を変えなければいけないのに、なかなか変わらないのはなぜか。経路依存性を考えることがすごく重要です。

経路依存症というのは、とくに大企業さんはいろんなものがガッチリ噛み合っているから、全体としてうまく機能しているわけです。逆に言うと、うまく回っている分、時代に合わなくなったからといって、その一部だけを変えるだけでは変われない、ということでもあります。

デジタルとは関係ないけれど、その典型例が、ダイバーシティです。これはDXやイノベーションに関する講演でよく使う資料なんですが、ダイバーシティがずっと求められてきたにもかかわらず、日本で全然進まないのは、他の要素がガッチリ噛み合っていて、足を引っ張られてしまうからです。 たとえば、日本の典型的なレガシー大手企業で、多様な人を増やしたいなら、そもそも新卒一括採用と終身雇用をやめないとどうしようもないんです。新卒一括採用で多様な人材が採れるわけがないし、同じ人がずっと勤めていたら、多様性が増すはずがありません。ということは、メンバーシップ型雇用をやめなければいけなくて、かつ、多様な人が共存するためには、評価軸も一律である必要はなくて、むしろバラバラなほうがいいわけです。さらに言うと、多様な人がいるわけだから、働き方も多様である必要があって、ある人は会社で働きたいかもしれないけれど、ある人は家で働きたいかもしれない。ところが、コロナ前はリモートワークは全然進んでいなかった。というふうに、全部噛み合っているので、一部だけ変えてもしょうがないんです。

平成の30年間、残念ながら日本企業はほとんど変革できなかったと言われていますが、僕はその最大の理由がこれだと理解しています。ちなみに、『ダブルハーベスト』に推薦文を寄せている冨山和彦さんもまったく同じことをおっしゃっています。

堀田創(以下、堀田) そうですね。冨山さんの『コーポレート・トランスフォーメーション』(文藝春秋)は、まさに経路依存性の話でした。

入山 僕は冨山さんと100%同意見なので。まさにコーポレート・トランスフォーメーションで、会社全体を変えなければ変われない。他のアナログのレガシーシステムがガッチリ噛み合ってしまっているので、デジタルだけやろうとしても、AIだけ入れようとしても、変わらないんです。

全体を変えていくときにいちばん大事なのは、パーパスであり、経営者であって、それは前回までにお話したとおりです。それに加えて、最近、僕がテクニックとして言っているのは、役員の兼任です。というのは、大手企業は役員の数が多すぎなんです。先日、某金融企業さんに「役員は何人いらっしゃるんですか?」と聞いたら「70人」という答えが返ってきて、びっくりしました(笑)。

平野未来(以下、平野) それは多いですね(笑)。

入山章栄(いりやま・あきえ)
早稲田大学ビジネススクール教授
1996年慶應義塾大学経済学部卒業。98年同大学大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2003年に同社を退社し、米ピッツバーグ大学経営大学院博士課程に進学。2008年に同大学院より博士号(Ph.D.)を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールのアシスタント・プロフェッサー(助教授)に就任。2013年に早稲田大学ビジネススクール准教授、2019年4月から現職。専門は経営戦略論および国際経営論。著書に『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)など。

CIOが人事のトップを兼任すれば、
最大の障害をクリアできる

入山 僕の感覚では、最終決定権をもっている役員の数は、大きい会社ほど少ないほうがいいんです。4、5人もいれば十分だと思っています。そうすると、執行役員で本当に最終権限をもっている方が、複数のファンクションを兼任する必要が出てきます。それによって、経路依存症の問題が解消できるんです。

たとえば、最近CIO(最高情報責任者)やCDO(最高デジタル責任者)など、デジタル担当役員を置く会社が増えていますが、その人が人事のトップを兼任するのは有効だと思っています。DXを進めるときに大きな障害となるのは、たいてい人事だからです。

つまり、デジタル人材を採りたいと思っても、ご存じのように、いま本当に優秀なデジタル人材は、世界中で争奪戦になっていて、簡単には採れません。しかも、日本語がわかってくれて、業務がちゃんと理解できて、デジタルもめちゃめちゃできる、さらに『ダブルハーベスト』に書いてあるような戦略を完璧に理解して実行できるようなDX経営人材は、そうはいないわけです。だから、ぜひこの本を読んでください、他の人に読ませてくださいという話になるわけですけど(笑)。

いずれにしろ、そういう人材はきわめて希少です。しかも、そういう人は会社に短パンTシャツ姿で来たりする。「ちわーっす」みたいな軽いノリでやってきて、でも給料は社長の倍、みたいなことが現実に起きるわけです。

たとえば、コープさっぽろは、大見英明さんというすばらしい経営者に率いられて、DXをガンガン進めている先進的な組織なんですが、そこでCIOをやっている長谷川秀樹くんはもともと僕の知り合いです。東急ハンズやメルカリのCIOを歴任してきた彼は、まさにTシャツ姿のラフな格好で仕事をしています。ところが、彼くらいのクラスになると、1社だけじゃなく、何社か見ることができるので、業務委託契約なんです。

堀田 そうなんですか。

入山 僕はこれからデジタルのトップはみんな業務委託契約になると思っています。そうなると、人事体系を変えないとどうしようもないんです。そのとき、DXの担当トップがこういうことをやりたいと言っても、たいてい人事が抵抗します。別々の人がやっていると、役員会で両者がにらみ合いになって、何も決まらないままストップしてしまうわけです。

だけど、同じ人がDXのトップと人事のトップを兼任していたら、その人の中で整合性がつきます。デジタルを入れたいなら、人事体系もこう変える必要があるということを決断できるわけです。

大企業でDXを進めようとすると、どうしても中でいろんなリフレクション(反響)が起きます。それを減らす最大のポイントは、最終権限をもっている人の数が少なくて、結果的にその人の中で調整がついてしまうという状況をつくることです。

堀田 めちゃくちゃわかりますね。経路依存性の話と、兼任の話を結びつけたことはなかったですが、1人で処理しちゃえばいいわけですから。DXを進めるといっても、その人が他部門に対する権限をもっていなかったら、結局何も進まないというのが大きな弊害になっています。

堀田創(ほった・はじめ)
株式会社シナモン 執行役員/フューチャリスト
1982年生まれ。学生時代より一貫して、ニューラルネットワークなどの人工知能研究に従事し、25歳で慶應義塾大学大学院理工学研究科後期博士課程修了(工学博士)。2005・2006年、「IPA未踏ソフトウェア創造事業」に採択。2005年よりシリウステクノロジーズに参画し、位置連動型広告配信システムAdLocalの開発を担当。在学中にネイキッドテクノロジーを創業したのち、同社をmixiに売却。さらに、AI-OCR・音声認識・自然言語処理(NLP)など、人工知能のビジネスソリューションを提供する最注目のAIスタートアップ「シナモンAI」を共同創業。現在は同社のフューチャリストとして活躍し、東南アジアの優秀なエンジニアたちをリードする立場にある。また、「イノベーターの味方であり続けること」を信条に、経営者・リーダー層向けのアドバイザリーやコーチングセッションも実施中。認知科学の知見を参照しながら、人・組織のエフィカシーを高める方法論を探究している。マレーシア在住。『ダブルハーベスト』が初の著書となる。

デジタルトップの人事を見れば、
5年後の会社の姿がわかる

入山 アナログからデジタルへ、ハード主体からソフト主体へ移行するとき、日本中のCIOやCDOと呼ばれる方が苦労しているのは、まさにそこだと思います。逆に言うと、そのあたりがわかっている人が兼任でトップになっている会社は、大きく変わる可能性が高いんです。経路依存性を脱却できるからです。

僕が最近期待しているのは、三井住友海上です。今度社長になられた舩曵真一郎さんはもともとデジタルのトップだったので、三井住友海上は変わる可能性を秘めています。デジタル改革してきた方がそのままトップになったので、脳内デジタルですから、大きく変わるはずです。

同じように期待しているのが、三菱UFJフィナンシャル・グループです。亀澤宏規社長もデジタル出身なので、変革を期待したいです。

僕から見て、すてきだなと思う会社ほど、社長の後継者候補のうち、この人が次期社長だろうと思われる人をデジタルのトップに置くケースが増えています。数年後、彼らが世代交代で社長になったら、本格的に変わってくるはずです。

堀田 それはおもしろい見方ですね。そういう人事を進める会社が増えてきたということですか?

入山 いえ、僕から見て、この会社はおもしろいなという会社はそうやっていますが、つまらないなという会社はやっていません、残念ながら。だから、シナモンさんが仕事をするときも、そういう感じで経営陣とかトップの人材がどうなりそうかを見ておくと、数年後にいい感じでお付き合いできそうかが、わかるかもしれません。

堀田 その視点はありませんでした。デジタル出身の方が社長になったり、意思決定をリードしていけば、『ダブルハーベスト』で書いたようなループを回しやすくなるはずです。私たちが「AIはこういう使い方をすると大きくなるんです」という話をしたときに、すぐにわかっていただける方と、わかるけど「とはいえ……」と社内事情でがんじがらめになってほとんど身動きがとれない方がいるのですが、その違いが実感としてよくわかりました。

入山 平野さんはいかがですか?

平野 ダイバーシティを進めていくためには、トップもそうですが、働き方も変えていかなければいけないなと思っていて、在宅ワークがメインなのか、それともオフィスに行くのかメインで、在宅ワークがたまに許されるという形なのかで、ずいぶん違ってきます。

会社に行くのがメインだと、すべての情報がオンライン上には上がってこないので、オフィスに行けない人が徐々に不利な立場に立たされていく。それだと働き方は変わらず、結局、同じような人材がずっといるという形になってしまうわけです。

本当にイノベーションを進めようと思ったら、多様な人材がいる必要があって、そうすると、多様な人材がいるための働き方を会社が用意しなければいけないというふうに考えていたので、その整合性をとるという部分を1人でやれば解決できるんだというのが、今日の大きなインサイトでした。

入山 多少でもお役に立つことができてよかったです。

平野未来(ひらの・みく)写真:左下
シナモンAI代表
シリアル・アントレプレナー。東京大学大学院修了。レコメンデーションエンジン、複雑ネットワーク、クラスタリング等の研究に従事。2005年、2006年にはIPA未踏ソフトウェア創造事業に2度採択された。在学中にネイキッドテクノロジーを創業。iOS/Android/ガラケーでアプリを開発できるミドルウェアを開発・運営。2011年に同社をミクシィに売却。ST.GALLEN SYMPOSIUM LEADERS OF TOMORROW、FORBES JAPAN「起業家ランキング2020」BEST10、ウーマン・オブ・ザ・イヤー2019イノベーティブ起業家賞、VEUVE CLICQUOT BUSINESS WOMAN AWARD 2019 NEW GENERATION AWARDなど、国内外での受賞多数。また、AWS SUMMIT 2019 基調講演、ミルケン・インスティテュートジャパン・シンポジウム、第45回日本・ASEAN経営者会議、ブルームバーグTHE YEAR AHEAD サミット2019などへ登壇。2020年より内閣官房IT戦略室本部員および内閣府税制調査会特別委員に就任。2021年より内閣府経済財政諮問会議専門委員に就任。プライベートでは2児の母。

国を越えて多様な人とつながる

堀田 『ダブルハーベスト』の考え方を含めて、日本のDXやAI戦略化の底力を引き上げていくことが私たちの願いです。そこに複雑な問題が全部絡み合っているというのが難しいところなんですが。

入山 国全体もそうなんです。はっきり言うと、日本の最大の課題は英語だと思っています。シナモンさんも、ベトナムやシンガポール、台湾でやられていますよね。それだけで全然違うわけです。ダイバーシティなんてわざわざ意識しなくても、はじめからあって当たり前の世界だからです。

そういうわけで、自分たちが行くのでも、他の国の人を呼ぶのでもいいですけど、世界中の優秀なタレントとかリソースをうまく使っていく。たかだか1億人の国の中で、しかも若者が減っている中で、同質な人材だけでやっている場合じゃないんです。

そのためには、英語でのコミュニケーションが必要です。下手くそでもかまわないんです。いろんな人が世界中から日本に来てくれて、日本からもどんどん海外に出ていくということが大事だと個人的には思っています。ちょっとずつ、そうなってきているんですけどね。

堀田 まったく同意見です。コロナが明けて、人の行き来が復活するのが待ち遠しいですね。本当にたくさんの気づきがあり、まだまだ話し足りないという気持ちはありますが、本日はここでいったん終わりとさせていただきます。どうもありがとうございました。

(鼎談おわり)

転載元:ダイヤモンド・オンライン  /  入山章栄さん:https://diamond.jp/articles/-/271520

「ダブルハーベスト」

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