*本記事はダイヤモンド・オンラインからの許諾を得て転載しております。

シナモンAI共同創業者として、多くの企業にAIソリューションを提供して、日本のDXを推進する堀田創さんと、『アフターデジタル』『ネットビジネス進化論』をはじめ、数々のベストセラーでIT業界を牽引する尾原和啓さんがタッグを組んだ『ダブルハーベスト──勝ち続ける仕組みをつくるAI時代の戦略デザイン』(ダイヤモンド社)が刊行された。「このままでは日本はデジタル後進国になってしまう」「日本をAI先進国にしたい」という強い思いでまとめられた同書は、発売直後にAmazonビジネス書第1位を獲得し、さまざまな業界のトップランナーたちからも大絶賛を集めているという。

データを育てて収穫する「ハーベストループ」とは何か。それを二重(ダブル)で回すとはどういうことか。IT業界の最長老を自認するドワンゴ代表の夏野剛さんをゲストにお招きして、AIを使ってDXを全社的に進めるときの心得や、乗り越えるべきハードル、間違いやすいポイントについて、シナモンAI代表の平野未来さんとともに聞いた(構成:田中幸宏)。

「業務の生態系」ごとデザインしないと、 AIが役に立つようにはならない

堀田創(以下、堀田):『ダブルハーベスト』刊行を記念し、夏野剛さんをお招きさせていただきました。シナモンAI代表の平野さんと一緒に、いろいろお話をうかがいたいと思います。本日はよろしくお願いします。

夏野剛(以下、夏野):夏野です。もう25年くらいIT業界にいて、最長老に近いと思いますが、ここ数年で大きく変わったのは、コンピューティングパワーとネットワークの能力が上がって、本格的なクラウド時代が到来したことですね。それがAI(人工知能)にとっても、ものすごく追い風になっています。

ただ、日本は通信ネットワークも充実しているし、アプリケーションもたくさんあるにもかかわらず、世界から見ると、1周、2周、もしかしたら3周くらい遅れている。その中で、AIをどれだけ本気で活用できるかに、日本の未来はかかっています。私も政府の委員会や企業経営などをやっていますが、いろんな場面でテクノロジーのさらなる活用を人生のミッションとしてがんばっています。

平野未来(以下、平野):シナモンAI代表の平野です。私自身は15年以上前からAIの研究をしていて、学生時代にAIで起業したんですけれども、当時はまだ誰もAIに興味がないという時代で、すぐに失敗してしまいました。そうした経験があるので、いまAIが注目され、世の中でDX(デジタルトランスフォーメーション)がブームになっているのは驚くばかりです。

その一方で、AIやDXが盛り上がっているとはいっても、ほとんどの議論が「コスト削減」どまりになっていて、その先を見通せていない現状を考えると、もっともっと変えていかなければいけない。なので、今回『ダブルハーベスト』が大きな反響を呼んでいることをとてもうれしく思っています。

堀田:今回、IT批評家の尾原和啓さんと『ダブルハーベスト』を書かせていただいたのは、私たちAI技術者の立場からすると、AIを使って働き方や会社のあり方そのものを変えていくという発想から遠いところで、AIをちょこっと使っただけで「AIってこの程度だよね」と見限ってしまったり、それ以前に「AIはまだ早い」「うちには関係ない」という方々もたくさんいて、さすがにこのままではマズいだろうという思いがあったからです。

そこで、AIをビジネスの中にどう組み込んでいくかを体系的にまとめた本を出版したわけですが、大きなメッセージとして、「すでにあるデータをどうやって活用するか」という発想ではなく、日常業務の中でAIが学習するためのデータを取り込み、それによってAIを進化させ、そのAIを使うことでさらに別のデータをためていくという循環構造、ハーベストループをつくることを提唱しています。

夏野:僕もAI関係のプロジェクトをいくつかやっていて、そこで感じるのは、AIは1つの「生態系」みたいなものだということです。AIはつくってすぐに効果が出るものではなく、グルグル回していく中でだんだん精度が上がっていく。そして新しい状況が発生したときにそれに適応していく。その意味で、AIのシステムをいかに日常業務の中に組み込んでいくかが大事だと思っています。

たまっているデータを分析して結果を導き出して終わり、ではなく、ふだんの業務フローの中で、あるいはユーザーが我々のサービスを使った結果、生み出されるデータから新しい分析が行われ、それによって打ち手が変わっていく。その流れの中にAIを組み込むというのは、まさにハーベストループの考え方そのもので、とてもしっくりきます。

いままではシステム開発をする人も発注する側も、どうしても何か成果物を受け取って終わり、みたいな考え方が根付いているので、走りながらだんだん精度を上げていくという開発の手法がなかなかなじまないのでしょうね。

堀田:いままでと開発のしかたが違ってくるので、経営者も社員も大きく考え方を変えていく必要がありますね。

夏野:いろいろなプロジェクトを見ていて思うのは、AIに短期的な効用を求める人が結構いるということです。やってみたらここがダメとか、全然使えないという判断をすぐに下してしまう人が多い。状況に応じてつねにチューニングをしながらループをつくっていくという発想が、いままでのシステム開発と全然違うので、人間の側が適応できていないわけです。

実はいま、経営に携わっているKADOKAWAやドワンゴでもループをつくろうとしています。そのときにも、部署ごと、ドメインごとの成果だけで判断するのではなく、トータルで均したときにどういう成果がどういう形で、グループ全体にどういう影響をもたらすのか、大局的な観点からどうなのかを見るようにしています。

堀田:すばらしい。事業レイヤーだけでなく、経営全体としてのループ化まで意識されていらっしゃるのはさすがです。

「うちにはデータがないから、AIは使えない…」と 諦めなくていい

夏野:でも、APIでデータを出せるようにして、それがきちんと回り始めるまでには、やっぱり時間がかかるんです。正直、3年はかかるなという実感ですね。最近ようやく成果も出てきて、プロジェクトに参加している人たちの意識も変わってきました。あとは、基本設計もフレキシブルに変えていく。これがすごく大事だなというのが、いまのところの学びです。

堀田:ハーベストループの実装には、3年とか5年とかの長いスパンでビジョンをもってやっていくことが不可欠だと私も思います。

平野:『ダブルハーベスト』でいちばん気に入っているのが、「データはあとからでもいい」という考え方です。ありがちなのは、「いまあるデータをどうやって使おうか」という発想ですが、そうすると、「そのデータがないから何もできません」という話になりかねません。もう1つは、AIには取りかかるのが大変というイメージがあるけれども、「最初は小さく始められる」というところも好きですね。

身近な例でいうと、フェイスブックのMessengerで音声通話をすると、話が終わったあとに通話に問題がなかったかを尋ねるポップアップが出てきます。フェイスブックはその回答データをためていて、どういう環境だと通話のクオリティが悪くなるかがわかる。そういうループが回っているからこそ、ユーザーに対してよりよいUX(ユーザー体験)を提供できるわけです。

シナモンAIでも、お客様に対してハーベストループを描いてAIソリューションを提供させていただいています。たとえば、物流商社さんにとっては、お客様がほしいと思ったらすぐに商品が届くというのが実現したい世界観です。そこで、需要予測や倉庫内の配置、なるべく多くの商品を取り扱うにはどうするかといったところでAIを使っていただいています。これは、三重にループが回っているケースですね。

ほかにもたとえばメーカーさんで、お客様の声はあるんだけれども、それが商品設計まで生かされていなかった。そこにハーベストループを回してすぐに伝達される仕組みをつくってあげると、よりお客様のニーズに合った商品づくりができるようになるわけです。そういう事例も出てきました。

堀田:「循環構造をつくることが大事」という意識が広がっているのは私も実感していますね。他方で、いまDXに注目が集まっていますが、日本のDXの現状について、夏野さんはどのように見ていらっしゃいますか?

夏野:「とにかくDXをしろ」とか「DXが重要だ」という経営者は多いですけれども、DXは単なる手段であって目的ではありません。そこを見えていない方が多いですね。大事なのは、デジタライゼーションが起こった結果、人の仕事のフローがどう変わるか、人の組織設計がどう変わるか、ということであって、思考がそこに至らないままテクノロジーだけ導入しても、結局何も変わらない。

その意味では、いまのコロナ禍の状況は追い風というか、根本から考え直すいい転機になっています。そもそもリモートワーク自体が仕事のやり方を変換しているわけで、そのためにはデジタルツールを使わざるを得ない。DXの名の下に、いままでやったことのない働き方を試してみるということがふつうに起こっていて、その中でどれがうまくいったかという知見がたまっていっています。それはとてもいいことです。

DXを理解していない経営者ほど、「部門予算」で 済ませようとする

夏野:ただ、そうした変化を定着させるには、トップの理解が欠かせません。たとえば、予算措置をとってみても、AIを使って根本的に業務改革をしようというときに、ループがちゃんと回るということが証明されるまでには、それなりに時間がかかるわけです。

ところが、その間の開発費を特定の部局の予算につけてしまうと、単純にコストが増えるので、現場は動きたくなくなる。だから、それは社長予算でやる必要があります。現場に「経営者予算だから支出は気にしなくていい。エンジニア人員をしっかり割いてくれ」といえるかどうかがすごく重要です。

経営者がDXの本質を理解していればできると思いますが、理解していない経営者には、そういった決断ができない。できないということは、まだまだ理解していない経営者が多いということではないかと思います。

堀田:DXは手段であって、最終的に何を目指すのか、いわゆるパーパス(Purpose)はまた別の問題ですよね。たとえば、「顧客体験を劇的に向上させる」というパーパスがしっかりあれば、そこから一貫したメッセージを届けることができます。

逆に、パーパスが見えていない・浸透していない企業にハーベストループをご提案しても、どこかで食い違うという体験を何度かしています。DXにしろAIを活用したループにしろ、やはりパーパスがカギになるんでしょうね。

夏野剛(なつの・たけし)写真:上
株式会社ドワンゴ 代表取締役社長/慶應義塾大学 政策・メディア研究科 特別招聘教授早稲田大学政治経済学部卒、東京ガス入社。ペンシルバニア大学経営大学院(ウォートンスクール)卒。ベンチャー企業副社長を経て、NTTドコモへ。「iモード」「おサイフケータイ」などの多くのサービスを立ち上げ、ドコモ執行役員を務めた。現在は慶應大学の特別招聘教授のほか、株式会社ドワンゴ代表取締役社長、株式会社ムービーウォーカー代表取締役会長、そして、KADOKAWA、トランスコスモス、セガサミーホールディングス、グリー、USEN-NEXT HOLDINGS、日本オラクルの取締役を兼任。このほか経済産業省の未踏IT人材発掘・育成事業の統括プロジェクトマネージャー、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会参与、内閣官房規制改革推進会議委員も務める。
平野未来(ひらの・みく)写真:左下
シナモンAI代表
シリアル・アントレプレナー。東京大学大学院修了。レコメンデーションエンジン、複雑ネットワーク、クラスタリング等の研究に従事。2005年、2006年にはIPA未踏ソフトウェア創造事業に2度採択された。在学中にネイキッドテクノロジーを創業。iOS/Android/ガラケーでアプリを開発できるミドルウェアを開発・運営。2011年に同社をミクシィに売却。ST.GALLEN SYMPOSIUM LEADERS OF TOMORROW、FORBES JAPAN「起業家ランキング2020」BEST10、ウーマン・オブ・ザ・イヤー2019イノベーティブ起業家賞、VEUVE CLICQUOT BUSINESS WOMAN AWARD 2019 NEW GENERATION AWARDなど、国内外での受賞多数。また、AWS SUMMIT 2019 基調講演、ミルケン・インスティテュートジャパン・シンポジウム、第45回日本・ASEAN経営者会議、ブルームバーグTHE YEAR AHEAD サミット2019などへ登壇。2020年より内閣官房IT戦略室本部員および内閣府税制調査会特別委員に就任。2021年より内閣府経済財政諮問会議専門委員に就任。2児の母。
堀田創(ほった・はじめ)写真:右下
株式会社シナモン 執行役員/フューチャリスト
1982年生まれ。学生時代より一貫して、ニューラルネットワークなどの人工知能研究に従事し、25歳で慶應義塾大学大学院理工学研究科後期博士課程修了(工学博士)。2005・2006年、「IPA未踏ソフトウェア創造事業」に採択。2005年よりシリウステクノロジーズに参画し、位置連動型広告配信システムAdLocalの開発を担当。在学中にネイキッドテクノロジーを創業したのち、同社をmixiに売却。さらに、AI-OCR・音声認識・自然言語処理(NLP)など、人工知能のビジネスソリューションを提供する最注目のAIスタートアップ「シナモンAI」を共同創業。現在は同社のフューチャリストとして活躍し、東南アジアの優秀なエンジニアたちをリードする立場にある。また、「イノベーターの味方であり続けること」を信条に、経営者・リーダー層向けのアドバイザリーやコーチングセッションも実施中。認知科学の知見を参照しながら、人・組織のエフィカシーを高める方法論を探究している。マレーシア在住。『ダブルハーベスト』が初の著書となる。

転載元:ダイヤモンド・オンライン  /   夏野剛さん https://diamond.jp/articles/-/269476

「ダブルハーベスト」

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後編へつづく:DXがわからない経営者・AIを使えないベンチャーは去ったほうがいい【ゲスト:夏野剛さん】(後編)