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人とAIが共に働く「Expert-in-the-Loop」の概念
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人とAIが共に働く「Expert-in-the-Loop」の概念

シナモンAI 平野未来

AIの民主化によって何が起こるのか

令和の時代を迎えた今日でも、「AIの発展は人の雇用を奪う」という誤った認識は、まだまだ世の中から払拭されていません。しかし現実には、AIの完全な自動化はまだまだ難しく、AIは人をサポートする立場でこそ効果を発揮するものです。

なぜなら、AIは組み合わせるモジュールが増えるほど誤差が蓄積されるものであり、最終的に5~6割の精度にとどまることが珍しくないのが実情だからです。これはITとAIの大きな違いでしょう。

ITとAIの違い

一方、人との共創を前提にすれば、AIはより専門性の高い分野においてこそ、生産性の向上に大きく寄与します。たとえば弁護士や会計士、医師、建築士など、限られたエキスパートが担っている専門技術は、AIによって民主化することが可能です。

弁護士を例にとれば、AIが大量の判例データを取り込めば、相談者はわざわざ生身の弁護士に面会アポイントを取らずとも、スマートフォンなどのデバイスを通して必要な助言を受け取ることができるようになるでしょう。

専門家は一般的に希少人材であり、それゆえ雇用や契約に際しては相応の対価が求められます。そのため、離婚など重要性の高い案件でお世話になることはあっても、「知人に貸した1万円が返ってこない」といった軽度の案件では頼りにくいのが実情で、自ずと活用の機会が限られていました。

しかし、そうした専門的な知見がAIによって手軽に利用できるようになれば、劇的なコストダウンが実現し、利用者は劇的に増加するはず。それは弁護士サイドの視点に立てば大幅な生産性の向上であり、ユーザー側から見れば、コストの抑制と利便性の向上に繋がります。

そんな専門職とAIの共創で生まれる好循環のことを、「Expert-in-the-Loop」と表現します。

劇的な進化に伴う「6つのD」とは?

シリコンバレーの教育機関、シンギュラリティ・ユニバーシティでは、ひとつの重要なイノベーションが世界に行き渡るプロセスについて、「6つのD」を用いたフレームワークを提唱しています。

破壊的進化に起きる「6つのD」

6つのDとは、Digitalization(デジタル化)、Deception(潜航)、Disruption(破壊)、Dematerialization(非物質化)、Demonetization(非収益化)、Democratization(民主化)のこと。とりわけ重要なのは最後の3つで、これをデジタルカメラの登場を例に解説すると、次のようなフローになります。

まず、世の中にデジカメが登場したことでフィルムが不要になり、撮影コストが無料化しました(非収益化)。それによってフィルムカメラが市場から姿を消し、さらにスマートフォンにカメラが搭載されたことで、デジカメそのものがなくなる事象が起こります(非物質化)。そして結果的にデジカメが人々に浸透し、誰もが使えるようになりました(民主化)。

その恩恵の一例として、資金も技術も人材も足りない貧困国の医療機関でも、手軽に画像診断が受けられるようになったケースがあります。

デジタル医療の分野でユニコーン企業として注目されるベンチャー・Butterfly Network社は、世界初の携帯型全身超音波デバイスを開発し、資金力や専門スキルが不足している現場でも手軽に導入できる画像診断ソリューションを提供しています。

特筆すべきは、スマホカメラから取り込まれた画像をアルゴリズムが解析し、プローブ(探査部)の位置が不適切な場合には、不備をリアルタイムで検知し、ユーザーに指示を出す仕組みが確立されていること。おかげで人材難の地域でも低コストで画像診断を導入することができ、結果として多くの人の生命と健康を守ることに一役買っているのです。

これこそがまさしく「Expert-in-the-Loop」の実現であり、AIによって医療技術が民主化された好例と言えるでしょう。

さまざまな分野で進むAIの活用

同様に、建設や土木の現場でもデジタル化は着々と進められています。たとえば測量はドローンを活用することで従来よりも大幅に省力化できますし、2Dの建築設計図を3D化することも容易に行なうことができます。

建設現場のドローン

また、自動車メーカーでは、デジタル空間に開発車両をヴァーチャルに再現することで、仮想衝突実験を実施、データを採取することが実際に行なわれています。

リアルで衝突実験を行なうよりはるかに安全で低コストなのは言わずもがな。その背景では、実験を重ねるたびに学習データを蓄積し、次の実験に生かすAIの存在があります。

最近では新型コロナウイルスに対するワクチン開発の現場でも、AIの活用が盛んです。AI創薬の最先端企業であるExscientia社は、デジタル上で仮想実験を繰り返すことで、治験にかかる期間の大幅な短縮に成功。従来ではあり得なかったスピードでワクチンの開発を進めています。

世界中がパンデミックに苛まれている状況を鑑みれば、まさにAIが世界を救う時代がやってきたと言っても過言ではないはずです。

AI時代における人間の価値とは?

では逆に、AIが苦手で、人間にしかできないものは何でしょうか? それはAbduction(仮説推論)です。

Abduction

新しい事象に対して仮説を立てて、検証を行なうことは人間にしかできません。AIは過去のデータから未来を予測したり、前例のある問題を最適化したりすることは得意でも、問題解決のためにゼロからイノベーションを起こすことはできないのです。

AIが苦手な、Abductionできない分野を、ここでは大まかに5つに分けて考えてみましょう。

まず、Creativity。AIによってピカソ風の作風を再現することは可能でも、それはピカソの作品という元データがあってこそ。そもそもピカソ自身が存在しなければ、AIが自らピカソ風の作品を創出することは不可能です。

Innovationも同様で、AIはゼロから新たなものを創り出すことはできません。また、人の表情や雰囲気から胸の内を読み取って処理するManagementや、おもてなしの心をもってサービスを実行するHospitalityも、AIは人間に遠く及びません。

そして最後の1つはExpert。弁護士の場合、過去の判例データさえ確保できれば、一定の成果を発揮できることは前述した通りですが、その反面、新たな法律が生まれた場合、即座に対応するのは困難です。「Expert-in-the-Loop」が実現したとしても、AIは要所で人のサポートを必要とするわけです。

こうしてAIの苦手分野が明確である以上、将来的に人の役割はこの5つの分野に偏っていくことになるでしょう。その時はおそらく、人とAIの理想的な共創が実現しているはずで、人の労働時間は今よりも大幅に短縮されているに違いありません。

見方を変えれば、AIの活用がいっそう進められるこれからの時代においては、これら5つのAbductionできない分野に長けた人材に、需要が集中する世の中がやってくるのかもしれません。

シナモンAI 平野未来シナモンAI 代表取締役社長CEO 平野未来シリアル・アントレプレナー。東京大学大学院修了。レコメンデーションエンジン、複雑ネットワーク、クラスタリング等の研究に従事。2005年、2006年にはIPA未踏ソフトウェア創造事業に2度採択された。在学中にネイキッドテクノロジーを創業。IOS/ANDROID/ガラケーでアプリを開発できるミドルウェアを開発・運営。2011年に同社をミクシィに売却。ST.GALLEN SYMPOSIUM LEADERS OF TOMORROW、FORBES JAPAN「起業家ランキング2020」BEST10、ウーマン・オブ・ザ・イヤー2019 イノベーティブ起業家賞、VEUVE CLICQUOT BUSINESS WOMAN AWARD 2019 NEW GENERATION AWARDなど、国内外の様々な賞を受賞。また、AWS SUMMIT 2019 基調講演、ミルケン・インスティテュートジャパン・シンポジウム、第45回日本・ASEAN経営者会議、ブルームバーグTHE YEAR AHEAD サミット2019などへ登壇。2020年より内閣官房IT戦略室本部員および内閣府税制調査会特別委員に就任。2021年より内閣府経済財政諮問会議専門委員に就任。プライベートでは2児の母。

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