■AI活用戦略「ハーベストループ」で提唱する5つのエンドバリュー

皆さんの業界、あるいは企業では、DX(デジタルトランスフォーメーション)というものを、どのように捉えているでしょうか?

私たちの場合、DXの在り方を「事業と組織の変革、意識と制度の改革を経営視点で遂行し、新しい価値、サービス、ビジネスモデルを創造すること」と定義しています。そこでDXを推進する重要な考え方として、私たちが提唱しているのが、「ハーベストループ」というAI時代の戦略デザインの形です。

これは蓄積された学習データを、エンドバリューを獲得しながら顧客体験として提供し、それがまた新たな学習データを生む、AI活用における理想的なサイクルを意味する言葉です。そしてここでは、AI活用によるエンドバリューを「業務効率改善」「リスク削減」「売上増大」「UX向上」「R&D」の5つに分類し、このうちのどのバリューを提供するかという視点を重視しています。

たとえば、以前に当ブログでもご紹介している、アメリカのオンライン損害保険会社「Lemonade」の場合。LemonadeはMayaというAIチャットボットを導入し、アプリだけで簡単に加入手続きができる仕組みを開発、設立わずか5年で時価総額が約4600億円に達している成長企業です。

この会社のここまでのGross Loss Ratio(※保険会社の経営効率を示す指標)をチェックしてみると、2017年の時点では161%。これは1億円の保険料が入るのに対し、1億6100万円の支払いがあったことを示しています。つまり大赤字。

ところが、Lemonadeは様々なデータを無駄なく蓄積することで、損害率を着実に減少してきました。たとえば、保険対象となる建造物の築年数から割り出す、給排水設備の水漏れ事故のリスク。あるいは、建造物の耐久性から得られる、火災や震災へのリスク。さらには消防署との距離から、界隈で火災が発生した際の炎症リスクを割り出すなど、様々なデータをAIに取り込んでいるのです。

その結果、設2018年のGross Loss Ratioは113%、そして2019年は79%と、早期の黒字化に成功しました。これは圧倒的な成長力と言えます。

では、そんなLemonadeが提供するエンドバリューは何か。ハーベスト・ループに当てはめると、該当するエンドバリューは「UX改善」ということになります。つまり、保険購入という体験が孕む不便さを削除(改善)していくモデルです。

データを収集し、再学習を繰り返してきた結果、顧客は圧倒的にスピーディーでシンプルな購入プロセスを体験できるようなり、それがまた次の購買行動へと繋がる。そしてそのデータがLemonadeに集まることで、さらにAIは強化されていくわけです。

当初はデータの扱いを完全にAI任せにはできず、専門の人材の手を借りながら学習を重ねていくことになりますが、ある時点以降からAIの精度が大きく増し、効率よく競争力を上げていくことができるのもAI活用の特性でしょう。

■データは「狩猟時代」から「農耕時代」へ

AI活用戦略とは、「エンドバリューの獲得」、次に「変換戦略への転化」、そして最後に「持続性のあるハーベスト・ループとして強化する」という、3つのステップに整理することができます。

もし、今すぐAIを実装することが難しい場合でも、データさえ蓄積しておけば、競争力はあとから上げることが可能です。そして、こうしたモデルを活用するためには、従来のようにデータを“狩る”考え方よりも、自然に集まってくるデータを“収穫”する発想を持つことが大切です。その意味でAI活用戦略のデータ収集は、「狩猟時代」から「農耕時代」へと移行したと言えるでしょう。

■保険業界におけるAI活用の最新事例

保険業界におけるAI活用の最新事例を、もういくつかご紹介しましょう。

まず、自動車保険会社に向けて、保険申請ソリューションを提供する「Claim Genius」のケース。事故のあった車両の画像をスマートフォンから送ることで、保険金の査定、支払いにかかる時間とコストを半減させることに成功しています。

前述の5つのエンドバリューにあてはめると、該当するのは「業務効率改善」です。保険金申請に必要な手続きを効率化することで、より高付加価値な業務にリソースを割くことができ、顧客への支払いもスピードアップ。これによってさらに加入者が増え、より多くの事故データが集まることでAIは強化されていく、まさに理想的なハーベスト・ループの形と言っていいでしょう。

生命保険会社「Ladder」は、業界平均で6週間ほどかかる保険の加入プロセスを、AIの活用でほんの数分に短縮することに成功しています。たとえば、住宅ローンの残高や子どもの有無など、いくつかの質問に答えるだけで加入でき、保険期間も10年、15年、20年、25年、30年から選択できるシンプルな設計。仮に、保険期間20年で50万ドルの補償を求める場合は、月額21.54ドルの支払いが必要であることが、即座にわかるUXです。

このモデルのターゲットは、日本でいうところのミレニアム世代です。生命保険の加入を望んではいても、従来型の保険商品は高価かつ複雑なため二の足を踏んでいる若者たちから、Ladderは大きな支持を得ています。

つまり、該当するエンドバリューは、「UX向上」。保険加入の手続きにかかる手間を削減し、簡単でスピーディーな手続きを実現するほか、誰でもパーソナライズされた保険商品を購入することが可能になります。結果的に、高い顧客満足度を獲得するハーベスト・ループが完成し、さらにAIは学習を進めていくことになるのです。

最後にもうひとつ、住宅保険加入ナビゲーションを提供している「Flyreel」は、ユーザーの住宅に関するデータ収集を行ない、保険契約に関する重要な情報やリスクを特定するAIソリューションを提供する企業です。

該当するエンドバリューは、「業務効率改善」。住宅保険は本来、書類のやり取りだけでなく、場合によっては現地視察を必要とすることもあります。そこでFlyreelでは、画像認識とAIアシスタントを使うことで、必要なデータを効率的に収集しているのです。その結果、顧客側の手続きは簡略化され、従来よりも詳細なデータに基づいた保険商品の提案が可能になりました。

いずれのケースにおいても、ポイントは「Unstructured Data」、つまり非構造化データの活用にあります。データベースに基づいて型が決まっている「structured Data(構造化データ)」であれば、誰でも手軽に手に入れることができます。だからこそ、自然言語や動画などの非構造化データの活用こそが、差別化に繋がるのです。

もちろん、現状では日本の保険業界には様々な規制が敷かれているため、これらのモデルは必ずしもすぐに真似できるものではありません。しかし、AI活用戦略の先行事例として、学ぶべき点は多いはず。DX推進のためのハーベスト・ループを考える際、ぜひ参考にしてみてください。

シナモンAI 取締役副社長 家田佳明

電通、リクルート、P&G Singapore、起業を経て、Cinnamonへ参画。豊富な新規事業立ち上げ経験から、新規事業コンサルティング・プロダクト/サービスデザインを担当。事業要件と技術的解決策の橋渡しを行う。

シナモンAIでは、企業の皆さまのAI活用や働き方改革の推進について、コンサルティング、ワークショップ、ソリューションの提供を通じて、お手伝いをさせていただいております。ぜひお気軽にお声がけをいただけましたら幸いです。

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